名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)91号 判決 1999年6月25日
原告
熊澤愛子
被告
村上興一
主文
一 被告は、原告に対し、七四九万九五二四円及び内金六九九万九五二四円に対する平成五年一一月二九日から、内金五〇万円に対する平成九年一月二九日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金九四一万五七八〇円及び内金八五一万五七八〇円に対する平成五年一一月二九日から、内金九〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し民法七〇九条、自賠法三条により損害賠償請求をする事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 平成五年一一月二八日午後二時五分ころ
(二) 場所 名古屋市中川区春田五丁目一二一番地先市道
(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車
(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車
(五) 態様 T字路交差点で被害車両に加害車両が衝突
(六) 傷害 頸部挫傷
2 責任原因
被告は、加害車両の運転者であり保有者である。
二 争点
1 原告の右肩腱板損傷と本件事故との因果関係及び寄与度
2 原告の後遺障害の有無及びその程度
3 損害の存在
第三争点に対する判断
(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)
一 原告の右肩腱板損傷と本件事故との因果関係及び寄与度
1 甲第二、第四、第八、第一〇、第一一、第一三、第一四、第一六号証、第二六号証の一、二、乙第三ないし第一四号証、鑑定嘱託の結果、原告本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められる。
(一) 本件事故は、交差点入り口で右折のため停止していた被害車両に加害車両が追突したものである。被害車両はその衝撃により交差点反対側出口先まで一〇メートル以上移動して歩道縁石で停止した。原告は被害車両を運転していたところ、シートベルトを着用していなかったことから、追突による衝撃で開いたドアから車外に出て被害車両の停止位置付近で道路に転倒した。衝突後原告本人は意識を失っていたため、転倒した際にどこを打ったかは不明である。
(二) 事故後、原告は名古屋掖済会病院に搬送され、ここで頭部、頸部、胸部、腰部挫傷、右上肢にシビレあり、筋力やや低下との診断を受けた。同病院から西口整形外科に当てた紹介状には「右上肢痛・シビレ強く安静入院を勧めました」との記載がある(乙三、五頁)。
(三) 原告は、事故から二日目である平成五年一一月三〇日に西口整形外科を受診し、同年一二月一日から同外科に入院した。入院当初の原告の訴えは頸部痛が主であったものの、両肩の痛みも当初から訴えており、外にも左上肢の知覚鈍麻、胸部痛、腰痛などを訴えていた(乙五、同月一日ないし四日看護記録)。その後、左上肢のしびれは軽快し、やがて頭痛と頸部から肩にかけての痛みを特に右側で訴えるようになった(同五日ないし一〇日)。同月一八日には外出中に転倒しているが、左膝に打撲痛が残ったのみで、外傷や腫れはなかった。
(四) 同月二〇日のカルテ看護記録(乙五、九丁裏)には、朝七時には頭痛、右頸部から肩にかけての痛みを訴えていたところ、一〇時に右肩痛、「先生が肩を回してコクッと音がしてそれから痛くなった。夕診の折りに先生に話します」と原告自身が訴えた旨の記載がある。これは、原告自身の記憶によれば、この日の診察以前から右肩は痛みがあり、肩を回された際にひどい痛みがあったのは事実だが、その後も以前と同様の痛みが続いていたものである。
(五) その後、原告の訴えは右肩痛が多くなり、平成五年一二月二八日に退院したものの、平成六年二月五日には右肩打撲(腱板損傷の疑い)として大菅病院においてMRI検査を受け(甲六、乙四)、同年三月二四日には西口整形外科における診断名に右腱板損傷が加わっている(甲四)。
(六) 本件の鑑定嘱託に基づき鑑定書を作成した清水卓也医師は、本件事故により原告の肩関節にかなり大きな外力が直接的又は間接的に加わったことを前提として、本件事故により原告の肩に棘上筋不全断裂が生じたものと考えるのが妥当であると述べている。
2 以上の事実に照らすと、原告の右腱板損傷は本件事故により原告が運転席ドアから路上に転倒した際に、直接または間接的に右肩に加わった外力により生じたと見るのが相当である。
乙第一二号証は本件事故の実況見分調書であるところ、これには原告が被害車両から転落した旨の記載がない。しかし、右に認定のとおり原告が車両から転落した位置は被害車両の停止地点であって、停止後の転落であるとも見うること、乙第一二号証は事故後被告のみの立会で作成されたものであることに照らすと、原告が車両から転落した事実がないということはできない。
五十嵐裕作成の意見書(乙九)は、事故直後に原告が右肩の痛みを訴えていないが、腱板損傷はアキレス腱断裂で周知されているように断裂と共に局所に強い痛みを自覚するはずであるから、本件事故により右腱板損傷が生じたものではないと判断し、かつ、一二月二〇日の看護記録の記載に基づき、本件事故以前に原告の腱板に加齢による変性があり、これが同日の医師の診察を契機として顕在化した可能性が考えられると述べるが、右に認定した事実、特に原告は本件事故により肩腱板に完全断裂ではなく不全断裂が生じたものと考えられること、入院当初から両肩の痛みも訴えており、他の負傷部位の症状が収まるにつれ右の頸部ないし肩部の痛みが明示的に訴えられるようになったと見られること、本件記録を精査しても他に原告の腱板に加齢による変性が認められたとする証拠のないこと、一二月二〇日の診察の前後で原告の自覚症状に大きな差のないことに照らすと、右の意見書を措信することはできない。
したがって、原告の右腱板損傷について本件事故との因果関係がない、あるいは寄与度を減ずべきとの被告の主張は認められない。
二 後遺障害
前掲各証拠、甲第一七号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、平成六年一〇月二五日に西口整形外科に再度入院して、同月二七日に右腱板損傷部を修復する手術を受け、平成七年六月一九日に症状固定と診断された。同日当時右肩には関節痛及び運動障害が残存しており、その程度は、平成八年六月二五日に右肩関節他動域屈曲一〇〇度、伸展二五度(腱側の左関節他動域屈曲一八〇度、伸展四五度)、本件の鑑定嘱託における診察時に右肩関節他動域屈曲一二〇度、伸展三〇度(腱側は従前と同じ)であって、若干の改善が見られるものの、依然、可動域が腱側の四分の三以下に制限されている。
2 前掲鑑定書は、右の症状固定後の状態は癒合不全又は再断裂の可能性があり、その場合は再度の外科的治療により改善する可能性があると述べる。しかし、癒合不全又は再断裂は未だ可能性に過ぎず、原告は現在再手術を予定していない。
以上の事実に照らすと、現時点の原告の後遺障害は後遺障害等級一二級六号に該当すると認めるのが相当である。
三 損害額
1 治療費(請求零円) 一三三万四一八五円
当事者間に争いがない。
2 付添看護費(請求零円) 三万五一八〇円
当事者間に争いがない。
3 入院雑費(請求二五万四八〇〇円) 一九万六〇〇〇円
甲第一七号証によれば、原告は本件事故により合計一九六日間入院治療をしたことが認められるから、一日当たり一〇〇〇円の割合で入院雑費を認めるのが相当である。
4 通院交通費(請求零円) 一万八一六〇円
当事者間に争いがない。
5 休業損害(請求一五九万五一七八円) 一五六万六七二三円
甲第一八、第一九号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、原告(昭和三五年八月二一生・本件事故当時三三歳)は、平成五年一〇月に日本生命保険相互会社の営業職として勤務を開始したものの、一二月までは研修中であったこと、本件事故により同年一二月一日から三〇日まで、平成六年四月一日から五月三一日まで、同年一〇月二五日から平成七年二月六日まで入院治療を受けたこと、その結果、研修終了後、平成六年四月一日から六月三日まで(六四日間)と同年一〇月二六日から平成七年三月二〇日まで(一四六日間)の合計二一〇日間欠勤したこと、一度目の欠勤前の平成六年一月ないし三月の一日当たりの収入は五六九一円であること((60,000+452,160)/90=5,690.6)、二度目の欠勤前の八月ないし一〇月の一日当たりの収入は六九二九円であること((465,000+130,950)/(31+30+25)=6,929.6)、平成五年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者三三歳の一日当たりの平均収入は九七九二円(3,573,900/365=9,791.5)であることが認められ、これらの事実に照らすと、原告は本件事故がなければ、少なくとも右の賃金センサス相当額の収入が得られたものと推認することができる。
そこで、二一〇日間の得べかりし利益は二〇五万六三二〇円となるところ、右の期間勤務先から四八万九五九七円の支給を受けているのでこれを控除すると、休業損害は一五六万六七二三円となる。
9,792×210-489,597=1,566,723
6 後遺障害による逸失利益(請求二九三万九〇三二円) 二〇〇万七九四〇円
前記認定の後遺障害の状況及び将来の再手術により痛みや運動制限が改善される可能性があることに照らすと、原告の労働能力の喪失率は症状固定時から五年間に限り一四パーセントと見るのが相当である。そこで、前記休業損害で認定した一日当たりの収入が九七九二円、本件事故日を基準とした症状固定日から五年後までの新ホフマン係数が四・〇一二九であることから、後遺障害による逸失利益は二〇〇万七九四〇円となる。
9,792×365×(5.8743-1.8614)×14%=2,007,939.5
7 慰謝料(請求―入通院二五〇万円、後遺障害二三〇万円)
入通院慰謝料二五〇万円、後遺障害慰謝料 二三〇万円
前記認定の症状固定までの入通院期間及び後遺障害の程度を考慮すると、慰謝料として右の金額が相当であると認める。
8 小計 九九五万八一八八円
四 過失相殺
前掲各証拠に照らすと、本件事故による入通院及び症状固定までの期間が長引いたのは、本件事故により原告が肩腱板損傷の傷害を負ったことによるところ、この傷害の主たる原因と認められる原告の被害車両ドアからの転落は、原告がシートベルトを着用していれば防止できたことが明らかである。そこで、損害の公平な分担の見地から、過失相殺として右の損害額から五パーセントを控除するのが相当である。これを控除すると損害額は九四六万〇二七九円となる。
五 損害の填補 二四六万〇七五五円
原告が損害の填補として、治療費分一三三万四一八五円、通院交通費分一万八一六〇円、付添看護料分三万五一八〇円、入院雑費分九万〇七九〇円、休業損害分九八万二四四〇円を受領したことは当事者間に争いがない。そこで、この合計額二四六万〇七五五円を控除すると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、六九九万九五二四円となる。
六 弁護士費用(請求 九〇万円) 五〇万円
原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、本件事故当時の現価に引き直して五〇万円と認めるのが相当である。
七 結論
以上によれば、原告の請求は、七四九万九五二四円及び弁護士費用を除いた内金六九九万九五二四円に対する本件事故の翌日である平成五年一一月二九日から、弁護士費用につき本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成九年一月二九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 堀内照美)